小説「DIVING  FROM  GOLDENGATE」は1989年の”参勤交代創刊号”から1990年第四号まで連載された”青年”こと上野賢さんの作品です。当時、POW!が活動停止しファン・ジン”参勤交代”も休刊となってしまった為に上野さんに大変失礼な事をしてしまった。この場をかりてお詫びしたい。ありがたいことに上野さんは、POW!以降現在まで私のライヴには必ず応援に駆けつけてくれて、交流は現在も続いている。ある日、「青年、あの小説をホーム・ページに載せていいかな?」と言ったら、「Daimyo、あれ途中だったし、最近叉小説書こうかな〜なんて思ってたところだから、書き直させてくれないかな?」と.....そして数ヶ月後、楽屋へワープロで打った原稿を何枚も持った”青年”が現れた。それがこのリニューアル版なのです。過去の部分は若干加筆され、途切れていた物語が更に加えられ、今後も続いていく形を取ってるので、今後青年が書く(つづきの)ストーリーが非常に楽しみです。

当時、”参勤交代”のなかで彼を紹介した文を以下、そっくり引用します;

青年こと上野くんはPOW!のメンバーとタイヘン仲良しです。我等が師匠と仰ぐ、かまやつひろし大先生の付き人として時には師とともにテレビやラジオに出演したことがあります。いま彼は自身のバンド「ダウン・バイ・ロー」を率いて活動に燃える、POW!軍団のひとりです。  (大名)

 

そして現在2001年、”青年”の新たなる「DIVING FROM GOLDENGATE」を楽しめるなんて、私は素直に心から嬉しい。  by Daimyo


DIVING FROM GOLDENGATE    上野賢 作

 

〔序章〕

 

「思ったより寒いな」

「そうか?こんなもんだぜ、この季節は」

サン・フランシスコのエアーポートに迎えにきたジョージのピックアップトラックに乗り込んだ俺は、12月中旬の風を受けながら、緩やかに流れていく青空を見つめていた。「そうかな、前に来た時はもっと暖かかったような気がするけど」

「バーカ、そりやお前、ロスと勘違いしてるんだよ。それに、この前レコーディングに来たのは2月じやないか」

50マイルのスピードで、フリーウェイの4車線すべてを自由自在に操りながら車は走ってゆく。

「何でまた、こんなトヨタなんかに乗ってんだよ。お前らアメリカ人が自分達の国の車に乗らないから、貿易摩擦だとか何だとか、難しい間題がでてきちやうんだろう。あのキヤデラック、どうしたんだよ」

「ああ、あれならまだちやんとあるよ。でも仕事するには、こいつの方が便利なんだよ。燃費だって全然いいしな」

ジョージの右手はさっきから、必死にラジオのチユーニングを合わせていく。右手が一瞬止まり、しばらく微妙なチユーニングが繰り返される。

「さて、これは誰の歌でしよう」

「C‐C‐Rのプラウド・マリー、常識だろ、こんなの」

「そんなに突っかかるなよ。俺だってこんなに波のいい時期にサーフインにも行かずに、お前の為にやってきたんだからさ」

窓の外を流れる景色がグリーンからグレーへと変わってくる。前を走っているシボレーの右側のテールランプが割れていて、裸の電球がカタカタと揺れている。右側のシビックでは、80位のぱあさんがフロントガラスに顔をくっつけながら運転している。初心者やおぱさん達や、老人達の運転の仕方っていうのは万国共通なんだろう。

「今の時期は、フォードポイントよりオーシャンビーチの方が波がいいんだろう」

「そうさ、一昨日なんかものすごくいい波があってさ。ダブルオーバーヘッドは軽くあったな。いや、トリプル位はいってたかもしれないな。おかげでボードー本、パーにしちまったよ」

ニヤついた顔を浮かベ、口笛を吹きながら右手でまたチユーニングを始める。

「それより、よくこんな年末に休みがとれたな。お前のバンドって今、日本で、一番若い奴らに影響力をもってるバンドだって、こっちの新間にも載ってたぜ。それに、毎年クリスマスには大阪の方でコンサートやるんじやなかったっけ?」

「ああ、大阪城ホールな。そういえぱ今年もスケジュールに入ってたような気がするな」「気がするなって、お前」

ラジオはエルトン・ジョンのバラードを流し始める。

「今度はバケーションでも何でもないんだ。一週間前に全国ツアーが一応終わってさ。取材やラジオの仕事なんかやってるうちに、どうしてもこっちに来たくなっちやってな。それで昨日飛行機に飛び乗っちやたってわけ」

「それじや、お前がこっちに来てるって事、誰も知らないわけ?」

「そう、マネージヤーもメンバーも誰も知らない。あっ、でもカズミにはそれらしい事は言ってあるけどね」

フリーウエイの出口へと近づいてきた車は徐々に右側の車線へと寄ってゆく。

「もしかしたらマスコミだとか事務所だとか、めんどうくさい事があるかもしれないけどよろしくな」

ダウンタウンの方では、パトカーのサイレンが重く漂っている。出口を下り、見慣れた街並の中をゆっくりと車は駆け抜ける。

「何かあったのか?」

「イヤ、何も・・・・」

「相変わらず気紛れだな」

丘の頂上に向かって急なスロープを三段程昇ってゆくと、右手に白を基調とした家が見えてくる。

「着いたぜ」

修理場と駐車場を兼ねた一階のスペースに車を頭から突っ込みながら、急プレーキをかける。

「俺が気紛れなら、お前は相変わらずの乱暴違転だな」

車から降りようと右足を地面に着けると、からみつくように通り過ぎていくものを感じる。

「ヘイ!グーマ、サイコ。元気だったか?」

しやがみこんで両手を差し出すと二匹の描はチラッとこちらを見て、お前なんか知らないよ、という感じで歩き去ってゆく。

「飼い主に似ていい性格してるな」

「一年近くも前に来た人間を、猫に覚えてろって方がムチヤだろう」

重そうな荷物二つをジョージが抱えあげ、ポケットに手を突っ込んでカギの東を探している。

「荷物はこれだけだろう」

束の中から一つを取り上げロックをはずし、もう一つのカギをノブについている穴に差し込み、右に回しながらドアを開ける。部屋の中は、かけっぱなしになっているボブ・マーレーのリズムで全ての物が揺らめいているように見える。

「二階の真ん中の部屋。また好きに使っていいから」

「サンキュウ、ところで夕一ミネーターはもう仕事にいっちゃったのかい」

キッチンからオレンジジュースとグラスを勝手に持ち出し、ロッキングチェァーに腰掛ける。

「ああ、もう出かけたよ。お前が来るっていったら、プレゼントだって言って渡してくれってさ。ほらよ」

投げられた白い封筒を受け取り中を見ると、ペーパーに包まれたコカインが2グラム分程入ってる。

「やっぱりターミネーターはいい奴だな。俺が欲しいものをよく知ってる」

コークの山をカミソリですぱやく4本のラインにしていく。20ドル札を細く巻き、2本のラインをいっきに吸い込む。久しぶりのコークはいままでのもやもやを一気に吹き飛ばし、頭のシンからシャキッとさせてくれる。20ドル札をジョージに手渡しながら、

「上等のやつだぜ。混ざりっけも少ない。あいつの仕入れるものに間違いはないな、本当に」

残りの二本をジョージが吸い込んでゆく。いつのまにかボブ・マーレーのリズムは消え静寂が辺りを覆っている。二階に駆け上がったジョージは、今度はネビル・プラザーズのレコードに針を落とす。乾ききったリズムが今の気分とマッチして気持ちいい。

「疲れたろう。タ方まで休んでろよ。今夜はみんな集めて街に繰り出そうぜ」

「ああ、いいな。それじや夕方になったら起こしてくれよ」

「OK!」

二階に上がり、部屋のドアを開けると一年前とまるで変わらない空気を感じた。アメリカ、いや、サンフランシスコ独特の空気だ。窓を開け、スケボーをしながらはしやぐ子供達の声や遠くから聞こえる車のノイズに耳を傾けながら、しばらくボーっとする。

「やっぱり日本で何かあったんだな」

振り向くとジョージがいつの間にかドアの側に立っている。

「いや何でもないんだよ、何でも・・・」

「そうか、まあ無理にしやべれとは言わないけど、その気になったら言ってくれよ」

俺の目をじっと見詰め、心の奥深くを探るような視線を浴びせる。居たたまれなくなり俺は視線を床に落としながら、

「お前、バリュウム持ってないか。ちよっと眠れそうもないんだ。それにジョイントやら何やら。適当に用意してくれないか」

「バリュウムなら少しあるからやるよ。残りのものはお前が寝ている間に用意しとく」「わるいな」

荷物の中からノートとペン、それにカズミと二人で撮った写真を取り出し、窓の横にあるデスクにそれらを置き、何か詩でも書こうと思うが頭の中が白紙の状態で何も浮かんでこない。

「ほら、少しだけどやるよ。もっと必要だろう、バリュウム」

「うん、たのむわ」

バリュウムを飲み、詩を書くことをあきらめベットに横になる。目を開じると日本での出来事が波のように押し寄せてきた。バンドのメンバーとのいざこざ、金沢でのライブで足を骨析し病院に運ぱれた時のこと、あなたの子供だから認知しろと迫ってきた女、金を持ち逃げしたローディ、カズミの涙、祖母の死・・・

『あなたの作る歌が若者たちに与える影響・についてどう恩いますか?』

“分かっちゃいないんだな、何も。若い奴らは影響なんか受けちやいないんだ。影響されてるのはお前らバカなマスコミだけさ”

『キープ・ザ・ホワイトラインが麻薬称賛の曲だとして非難されていますが?』

”ドラツグで死んだ友達がいる。ゲイになりエイズで死んだ友達がいる。交通事故で死んだ友達がいる。爆弾テロの巻き添えで死んだ友達がいる。生きながら死んでいる友達がいる。人はいつか皆死んでいくんだよ”

『カズミさんとの関係について一言』“セックスしたい、毎日。それが一番安らぎと幸せを与えてくれるものだと恩える時があるから”.・・・・・真暗な間に引きずり込まれる

一匹のバンビが必死に泣き・叫ぶ鳴き声を感じながら、俺は眠りに落ちていった。

 

 

第一章

 

モナムール

僕が眠ってる間に

部屋の明かりを消して

時計の針が時を刻むように

出ていってしまった

モナムール

僕が夢みている間に

部屋のカーテンを開じて

幼い頃の事を口ずさみながら

遠く去ってしまった

モナムール

大都会の中で生きてゆくには

純粋過ぎた

大自然の中で生きてゆくには

臆病過ぎた

モナムール

長い航海に疲れた船も

港で静寂に包まれる時があるのだから

モナムール

今夜はそっとおやすみ・・・・

 

(ここはどこだ?オレの部屋でもないし、カズミの部屋でもないぞ。どこなんだ?オレは今、どこにいるんだ?)ブラインドから差し込む夕日のまぶしさと、腹の上に乗っかっている二匹のネコの重さで目を覚ましたオレは、しぱらくの間自分がどこにいるのかさえ解らない状態になっていた。

「イイエ、来てませんよ。ハイ、本当です。サン・フランシスコ行きの飛行機に乗ったって本当ですか?・・・いや、まだ連絡もありません。ハイ、連絡があったらすぐ知らせます。何があったんですか?・・・」

隣の部屋のジョージの話し声で現実に戻ったオレは、腹の上のネコを払いのけ、コークのラインを一本作り、一気に吸い込む。立ち上がりジョージの部屋に行くと、

「起きたのか?今、トウキョウのオフィスから電話があったぜ。マネージャー達が大騒ぎしてるみたいだぜ。それにシスコに来てるって事も、もうバレてるみたいだし、マスコミもすぐにかぎつけるんじゃないかな」

「そうか、でもいいんだよ。こうなる事は最初から解っていたんだから。悪いけど、しぱらくの間オレは来てない事で通してくれないか。面倒臭いだろうけど頼むよ」

「まあ、いいさ。ところでそんな事より今晩どうする。ポールとノリ、それにカレン達も来るってさ。どこへ行く」

「う一ん、そのメンバーならどこかにライブでも観にいきたいな。なんかいいライプやってないか?」

「OK、ちよっと調べてみるか」

ニュースペーパーのライブ欄を開き、今夜出るアーティストを調べる。

「デイブ・メイスンにレッド・クロス、クリス・アイザック、それにトム・ジョーンズ」「おい、おい、トム・ジョーンズはないだろう、いくらなんでも。他になにか良さそうなのはないか?」

「これぐらいだな、今夜は。どれにする?」

ジョージがいつの間にか持ってきたマリファナを受け取りながら、

「そおだな、やっぱりクリスだろう」

「お前好みだもんな、ヤツは」

ジョイントをジョージに返しながら、

「ところで今何時だ?みんなとメシでも食いたいしさ。何時にヤツらは来るんだい」「今、6時だからあと1時間位したらみんな来るんじやないかな」

ステレオにトム・ウエイツのデイスクを置き針を落とす。オレの大好きな“MARTHA”が流れる。部屋に戻り、コークを二本のラインに分け一本を吸い込み、もう一本をジョージに吸わせる。ぺ一パーの上に残ったコークを指につけ歯ぐきに擦りつける。口の中が痺れ、喉の奥の方がきゆっと締まる感じがする。

「ジョイントやら何やら用意しといてくれたかい?」

「ああ、机の引き出しの中に入れてあるよ。グラスにチョコにニプロールだろ。それにへロインが少し」

「オイ、そんなに一度に員ったらあの200ドルじや足りなかったろう。どの位かかった」「いいんだよ、そんなもん。残りはオレからのプレゼントさ。ターミネーターにぱっかりいいカッコはさせられないしな」

引き出しを開けると、ビニール袋いっぱいのグラスにこぶし程の大きさのチョコ、それにニプロールが小瓶一つ分、粉薬の紙に包まれたヘロインが入っていた。

「サンキュー、それじや遠慮なく貰っておくよ」

スピーカーは“CLOSINGTIME”を部屋の中へ送り出す。

「もうしばらく時間があるからシャワーでも浴びたらどうだ」

「イヤ、なんかいい詩が浮かんできそうな気分なんだよ。ハッピーなさ。少し机に向かってみるよ」

「そうかい。それではどうぞご自由に」

ボブ・マーレーの曲をハミングしながら部屋のドアを閉めジョージが出てゆく。机に向かったオレにカズミの写真が笑いかける。それと同時に頭の中にボリス・ヴイアンの詩が入り込んできた。

ぽくはくたぱりたくない

夢もみずに眠っている

メキシコの黒犬たちを知らずには

尻をまる出しにした猿たちを

熱帯をガツガツ食う

あぶくがいっぱいの巣の

銀色のクモたちを

ぽくはくたぱりたくない

月はみかけは5フラン玉でも

とがった一面もあるということを

知らずには

太陽は冷たいとか

四つの季節は

真に四つしかないのかとか

女の服を着て

大通りを歩いてもみずには

ぽくのセックスを

あやしげな淫売屋に

入れてみるまでは

ぽくはくたぱりたくない

 

そう、オレはくたぱりたくはないんだ。オレの回りを飛びかう偽善と押し付けを持った悪魔たちをノツクダウンさせるまで。そして闇に包み込まれる前に、街のノイズとビートに愛を感じられなければ。そのためにオレはこの街に来たのだから。

 

 

パーティーをはじめよう!

さあ、集まれ!

お気に入りのレコードとパートナーを従え

今夜僕らはハッピーだという事をみんなに教えてあげなくては・・

 

「チアーズ」

ポールの持ってきてくれたドンペリのマグナムを開け、再会を祝して乾杯をする。

「久しぶりだな、みんな。元気だったか?」

「ああ、ケンも相変わらず元気そうだな」

彼らと会う時俺は、ミユージシャンとしてではなく一人の日本人、’ケン’としていられる。この気分が俺がサンフランシスコという街を愛している理由の大部分を占めているといってもいいだろう。

「ところでノリ。彼女をちやんと紹介してくれよ」

「うん。ガールフレンドのキャシー。バンネス道りのプティクで働いているんだ」

「よろしく、ケン」

後で束ねたブロンドの髪を気にしながら手を差し出す。遠くの方から間こえるジエット機の音が、テラスでじやれつくネコたちの声と重なり含うように彼女の声が漂ってくる。「彼女は私と一緒のお店で働いているリンダ。ノリが連れて来てもいいっていうから」「どうぞ、どうぞ。パーティーは大勢でにぎやかにやった方が楽しいからね」

キャシーの後で、ブルージーンズにシルクのシャツを着た、目元のかわいい子が立っている。

「初めまして。といっても私はあなたの事をいろんな記事やレコードとかで一方的に知ってるけど」

「そりやどうも。君みたいにチャーミングな子に知っていてもらえてうれしいね」

二階から流れてくるエリック・クラプトンのリズムに含わせながらポールが、

「ところで今日のスケジュールはどうなってるんだい。当然きめにきめまくるんだろう」「気の早い奴だな。向こうの部屋のテープルに二十本位のラインを作っておいたから、やりたい奴は好きにやってきな。その後はどっかで軽くメシでも食って、そのままクリスのライブに突入しようぜ」

「OK!OK!」

リンダとカレン、そしてジョージを残して三人が隣の部屋へ消えていった。

「あいつらも本当に好きだな」

ドアの隙から、焚かれたハッシシの煙が流れ込んでくる。鼻をくすぐるような臭いが、脳みその片隅をオブラートで包み込まれたような錯覚に陥らせる。クラプトンのギターソロが頭のなかでカンガン鳴りながら、しかし一音一音はっきりと入り込んでくる。

「まさにミスタースローハンドだな。ご機嫌な気分にさせてくれるぜ」

「俺が十二の頃、初めてギターを買ってさ。まだチューニングの仕方も知らないのにクリームのクロスロードを弾くまねしながら、一日中レコード聴いてたことがあったな。クラプトン、ペイジ、ブラックモア、ベック。あの頃のギターリストって理屈なしにかっこよかったよね」

「やっぱりケンもあの頃のハードロック聞いてたんだ」

「もちろん。それまで外国の音楽っていうとビートルズしか知らなくてさ。それがある時レコード屋に行って偶然手にしたのがディープパープルの“ライプ・イン・ジャパン”でね。なんとなく名前は間いたことがあったから、それじや買ってみるかってね。家へ帰ってレコード針を落として一曲目のハイウエイスターが流れてきた瞬間に頭を叩き割られる程のショックを受けたね。これはスゴイ!こんなギターソロ弾ける人がいたんだってね。今思うとな一んにも難しいことはしてないんだけどね。でもあのドライプ感はすごかつた」

いつのまにか二階に上がったカレンがユーライア・ヒープのルック・アット・ユアセルフを流す。デイストーションのきいたハモンドオルガンの音が家全体を揺さぶっているようだ。隣の部屋から三人が大声で笑いながら、

「なんだ、なんだ。やけに昔の曲ぱっかり流してるな。みんな昔はよかった、なんてジジイくさいことは言わないでくれよ」

「バカなこといってるなよ。それよりどうだい?満足していただけましたか?」

「もちろん。やっぱりモノがいいとキマリかたも一味違うよな」

坂を上がってくる車がウインドウを赤く染める。

「それじやそろそろ出かけるとするか」

「そうだな。ちょうどいい感じになってきたしな。ところでなにが食いたい?」

ジョージがみんなの顔を見回しながら

「こういう楽しい日は・・・」

ポールがジェームス・テイラーのメキシコを歌いだす。すると一斉に

「メキシコ科理!」

みんなの大歓声の中、オレは頭を抱え込みながら

「みんな!よ一く知ってるだろうけど、でももしかしたら忘れてるのかもしれないからもう一度いうけど、オレはトマトがキライなんだよ。い一や、人類の敵だとさえ思ってる。そのオレがわざわざトーキョーから来たその日に、なにもメキシコ科理はないだろう。せめてイタリア位にしてくれないかな」

足元を見るとどこから入ってきたのかグーマがじやれついている。部屋中にハトの羽根を撒き散らし、しかも目にはそのハトをまだくわえながら

“どうだい、スゴイだろう。オレにかかれぱこんなハトぐらい簡単にとらえられてんだぜ”とでもいうような誇らしげな顔つきでオレを見上げる。

「オイ、オイ、ケン。そんなにムキになるなよ。これはみんなの意見なんだぜ。みんなの意見に従う、それが民主主義っていうものさ。とにかく本当にうまいメキシコ科理屋ができたんだって。だまされたと思っていってみようぜ。それにトマトを使ってない科理だって色々とあるさ」

グーマがくわえているハトの顔をじっと見ながらオレは、半年前にバイクの事故で死んだ友達の顔を思い出していた。彼はいつでもどんなときでもオレに真剣に立ち向かってきた。あるステージでオレが手抜きをしたとき偶然会場にいた奴は、楽屋に戻ったオレをいきなり殴りつけ、

「お前にとって今日のライブは何千回もやるうちの一回かもしれないが、観にきてくれている奴らにとっては唯一のステージなんだ。しかもそのチケットを取るために何十分も、いや、何時間も電話をしてやっとチケットを買った奴がどれだけいると恩ってんだ。そんないい加滅な気持ちで音楽を演るんならやめちまえ!」

涙を浮べながらオレを殴りつけたヤツがバイクの事故をおこした。現場に駆け付けた時には、ボロボロになったお気に入りのレザージャケツトと人の形をした白線、それにオイルにまみれたバイクだけが転がっていた。

「わかったよ。それじやその民主主義とやらに素直に従いましよう」

「OK!それじや行こうか」

支度をはじめたみんなを残し、オレは隣の部屋に入り残った五本のラインのうち二本を一気に吸い込み、携帯用のシュガレットケースにジョイントを六本とコークを一グラム分をしまいこむ。部屋の明かりを消して、もう一度点け直し、テーブルの上に残った三本のラインを一気に吸い込み、弾け出されるように部屋を飛び出した。

 

 

 

まともでいさせてほしい

夜はいつまでもまどろみ続け

照明が落ちた部屋に

冷たさを運んでくる

 

オレは怒鳴りつけた

クライアントを

パカも休み休み言え!

お前の自由にさせやしない

ピエロはお前だ!俺じやない!

まともでいさせてほしい

朝の光が差し込む部屋で

暖かな心を掴むことが出来るまで

 

まともでいさせてほしい・・・

 

 

 

ミッション通りに着いたオレ達三台の車はパーキングスペースを探して何度か通りを行ったり来たりし、やっとの思いで三台分のスペースを確保した。ジョージの乱暴な運転と、出がけにやったコークのせいで瞳孔が開き、心臓の鼓動がどこまでも激しくなっていく。一時間仕上げの写真屋の看板や宝石店のショーウィンドウ、それにキラキラと輝いている映画館のライトが香港の百万ドルの夜景よりも美しく、しかも力強く目に差し込んでくるようだ。車のクラクションや酔っ払いの喚声、街のさまざまなノイズ達も耳から入り込み、オレの臓器一つ一つを小刻みに震えさせている。

「ケン、大丈夫か?顔色が悪いぞ」

ジョージの声が頭のてっぺんから間こえてくる。

「大丈夫だよ。ただちよっとお前のへタクソな運転に参っちやっただけさ」

「オヤオヤ、まさかお前にそこまで言われるとは思ってもみなかったぜ」

誰かがオレを押さえ付けようとしている。ここ半年程オレの頭に染み付いて離れないこの感情が今またジリジリと近づいてきてオレを包みこもうとしている。真っ黒の大きな布がオレとオレの回りの現実全てを覆い隠し、ーケ所だけ開いた小さな穴からオレの行動や思考を一つ残らず監視している誰か。そいつの為にオレは今日まで踊らされていたのかもしれない。

「つい最近出来たぱっかりだけど結構うまいんだぜ、この店。ほら、客もまずまず入ってるだろ」

間接照明を使った店内は八割程のテーブルが埋まってる。

「何もメキシコ料理の店にこんな凝った造りをする必要もないんじやないか?もっとラフな食いもんだろ、メキシコ科理なんてものは」

「それはお前、偏見だぜ。お前はトマトがからむ事になるとやたらとムキになるからな」八人掛けの大きな丸テープルに案内されたオレ達はメニューを広げ、まず飲み物を注文する。

「オレはセルベッサ」

ジョージの提案にノリ、キャシー、リンダがのる。オレとカレン、それにポールはコロナで喉の渇きをいやすことにした。

「食べもんのほうはお前らに任すよ。トマト系じやないヤツとやらでお願いしますよ」

出てきたコロナにライムを絞り、喉侯の奥に一気に流し込む。ギュッと喉が締まり、細胞の一つ一つにビールの泡が入り込んでくるような感じがする。ジョージとノリはさっきからウエイトレスに間きなれない名前の食物を注文している。ウエイトレスの顔を見ると若いメキシカンの女性独特な、はっきりとした目鼻立ちの美人だった。スタイルもまずまずだ。こんなきれいな彼女もあと十五年もたてぱ、中年のメキシコ女性の九割以上がなってしまうであろう体型、そう、プクブクと太り疲れ切った顔を二重あごの上に乗せて歩く、そんな風になってしまうのかと考えながら残りのビールを飲み千した。イヤな後味が口の中に残り、四年前に知り合ったメキシカンの彼女(彼女の裸、ベットでの燃えるような交歓、絶頂感の後のはじらいの仕草、すべてがパーフエクトだった)との二年半ぶりの再会を楽しみにしていたオレの前に現れた女性が、昔の面影の欠けらもなくなっていた時の純望感を思い出させた。

「なにボーッとしてるんだよ。トマトが入ってない料理を頼んでやったから安心しなよ」二本目のビールを飲みだしたジョージがもう顔を赤くしながら話しかける。

「ニッポンで何があったかしらないけどよ、ここに来てまでそんな浮かない顔してんなよ。この街にいる間はオレ達と一緒に騒ぎまくろうぜ。イヤな事を考える暇もないぐらいにさ」

「サンキユー、そうだな。パァーとやるしかないか」

さっき注文をとりにきたウェイトレスが科理を運んできた。見たこともない科理がテーブルの上を占領していく。

「これはなんてネーミングがついてるんだい」

「これはセビッチェといって、自身魚をタマネギ、トマト、チレ、ライムジュースなんかで味付けしたものよ」

オレでも知っている料理、タコスとチリコンカルニを置きながら少し鼻にかかった甘ったるい声で彼女が答える。

「そらみろ!やっぱりトマトじやないか!だからメキシコ料理はいやだっていったんだ。イヤ、君みたいな素敵な女性はいいんだけどね。メキシコ料理は・・トマトが・・・」「なにをブツプツいってんだよ。トマトが入ってんのはこれぐらいだよ。他のもんには入ってないから」

「本当かい?」

「そうね、これはソパ・デ・ポーリョ、トリのスープでしよ。これはパンシータ、牛の胃袋をチレで煮込んだものよ」

今まで見たこともなかったもののベールが一枚ずつゆっくりとはがされてゆくようだ。「これはモレ・デ・ポーリョ、チキンのモレソースがけ。これはカマロネス・アル・アヒージョ、海老のニンニク焼きね。そしてこれが・・」

「タコス!!」

オレを抜かした全員が叫ぴ声をあげる。

「昔、お前がタコスの中に入ってるトマトのかけらを一個一個取りながら食べてるのを思い出してさ。ついつい注文しちやたんだ」

「ジョージ。お前って本当に友達がいのある奴だな。感謝しますよ」

コロナをもう一本注文し食事に手を出してみる。おもったより口当たりがよく、すんなりと喉を通っていく。

「どうだい。結構いけるだろう」

隣の席のノリの目も瞳孔が開き、ランランとしている。たぶん今のオレ達は何を食べてもおいしく感じるだろう。

「だいぷ混んてきたな」

いつのまにか店内は入で溢れている。テキーラをあおり、一日の疲れを吹き飛ぱすかのようにしやべりまくる男たち。にぎやかな雰囲気。和やかな雰囲気。愛が語られ、夢が転がる。そんな中で一人、沈んだ気持ちとやり場のない怒り、そしてどうしようもない絶望感に包まれたオレはドラッグに身を任せながら、かすかにライムの香りが残るビールを一気に飲み干した。

 

一人で眠るには寂しすぎるから

彼女と二人で過ごせたら

 

電気毛布が壊れているから

あなたと二人で過ごせたら

 

ストレートのコーヒーを飲み過ぎたから

僕らが二人で過ごせたら

 

夜中に電話が鳴り続けるから誰かと二人で過ごせたら

 

一日中雨が降り続いたから

彼らが一緒に過ごせたら

 

彼女と二人で暮らしているから

今夜は一人で過ごせたら

 

 

ほど良い満腹感と、トマトとの格闘による軽い疲労に包まれオレは店を出た。コークの余韻で相変わらず車のノイズや街のイルミネーションが、オレの細胞一つ一つを刺激し続けている。

「それじゃあそろそろクリスのライブにでも行こうか」

時計を見ると十時を少し過ぎている。

「そうだな。ちようどいい時間だな」

いつの間にかリンダがオレに寄添ってきている。顔を覗き込むと目の焦点が合わずにセクシーな口を半分開けている。不意にオレは彼女に興味を感じキスをした。生温かくやわらかな感触とともに彼女が舌を格めてくる。ほのかなシャネルの香りと絡みつく舌の動きにオレは少しずつ欲情していった。

「あなた、キスがとっても上手ね」

口を少し離し、うっとりとした目でつぶやく。

「ありがとう。でもうまいのはキスだけじやないかもしれないぜ」

言い終わらないうちにリンダの唇がオレを熱く包み込んだ。

「ところでクリスのライプはどこでやってんだよ」

「I一BEAMだったと思ったな」

リンダがゆっくりと唇を離す。オレはもう一度強く抱きしめ、舌を絡め、唾液を吸い、胸の感触を味わうように身体を押しつけてゆく。彼女の息づかいが粗くなるのを楽しみ、もう一度舌を強く吸い身体を離す。崩れ落ちそうな彼女を支えながら

「今日の夜はとっても長くなるような気がする。さあ、楽しみに行こうぜ」

ジョージの手から車のキーを奪い取り、リンダをリアシートに寝かせる。

「大丈夫か、お前」

隣に乗り込んできたジョージが心配そうな顔を見せる。

「大丈夫だよ。アイルトン・セナのように強力な走りをみせてやるから。I一BEAMだったな。たしかヘイトストリートとコールの角だったよな。まあ、俺に任せておけよ。あっという間に到着さ」

リンダの舌の感触と汗の匂いがオレを興奮させている。

「みんなに言ってくれ。へイトとコールの角だって。オレは風になっていくから。ついて来れるヤツはついてこいよ」

ラジオの中ではモトリークルーが唸り声をあげている。手にじわっと汗がにじみ出てくる。

「そうじやなくてさ。リンダの件が大丈夫かっていってるんだよ」

「全てOKさ。まったく間題ないよ。ここはトーキョーじやない。サンフランシスコなんだからな」

風の声が間こえる。囁きあい、嘆きあい、ときめきあい、騙しあい、叫ぴあい、傷口を舐めあい、抱きしめあい、愛し合い、労わりあい、そして最後に穏やかな息吹きをオレの首筋に巻きつけて通り過ぎていった。

「まあ、お前がそういうんならいいけどさ。前みたいに後でカズミにバレて大変だ、なんて事にならないようにしてくれよ。遊ぴは遊びなんだから」

「ジョージ!お前にそんなことを言われるとは思ってなかったけどな。それじやオレも言わせ下もらうけど、ロスやデンバーで女を引っかけた時のお前はどうだったんだ。ニュージャージーでもあったな。それにシカゴに行ったとき・・」

「参りました。もうその辺で許して下さい」

「よしよし」

レアシートではリンダが軽い寝息をたてている。自分でもどこをどう走ったのか覚えていないが、いつの間にかI一BEAMの前に着いていた。ぽんやりと沈んだようなネオンが回りの空気にマッチしている。車の外にでて店に入っていくカップルやティーンズ達を眺めながらタバコに火をつける。しぱらくするとポールやノリ達の車がタイヤを軋ませながらやってきた。

「ケン!なんて走りするんだよ。途中何度も事故りそうになったじやないか。まったくとんでもねえな」

切れかかったバドワイザーのネオンがジリジリと音をたてている。

「そうか?オレは安全運転に撤したつもりだったけどな。お前らの方がぶっ飛んでたんじやないのか?」

「よく言うよ。呆れてものも言えやしないぜ」

暗い入り口を抜け、タパコの煙の立ちこめるフロアーに下りてゆく。回りの熟気に包まれ、気分はどんどんと高まってくる。壁際のソフアーに身を沈め、バーボンのロックを注文する。

「クリスのライブを見るのは本当に久しぷりだな。ヤツのアルバムはトーキョーのオレの部屋や車の中やいろんなところで間いたけど、やっぱりこの街の雰囲気が一番マッチしてるみたいだな。あれからヤツはどんな活動をしてたんだい。かっこよく生きてたのかい?」

「そうだな。結構地味な活動が続いてたよ。でも着実に動員は増えてたな」

「そうか。この前何かの雑誌のインタビューで見たけど、布袋もクリスに注目してるみたいだよ。なにか同じような雰囲気を持ってるもんな」

運ぱれてきたバーボンに口をつける。リンダは今だに虚ろな目をしてる。口の中が痺れて、歯茎が浮くような感覚が続いている。バーボンが喉を落ちてゆく時軽い嘔吐感があらわれる。今日は少しいき過ぎたかな?イヤ!そんなことはないさ、大丈夫!心配なんか何もありはしないんだ。

「ブライアン・アダムスの‘レックレス”間いたか?なかなかよかったぜ」

「ああ、またティナ・ターナーがおいしいところを持っていったやつだろう。うん、でもあのアルバムは確かにいいアルバムだ。でも今年はやっぱりダイアー・ストレイツだろ。“マネー・フオー・ナッシング”あれをフルボリユームで間くと最高だぜ」

ノリが興奮しながら叫んでる。

「今年はUSA・FOR・AFRlCAで開けてスターシツプで閉じるって感じだな、シスコでは」

オレはDJをやっていた番組で取り上げたナンパーワンソング達を思い出していた.ライク・ア・バージン、ケアレス・ウィスパー、ワン・モア・ナイト、ヘプン、エプリタイム・ユウ・ゴウ・アウェイ、シャウト、パワ一・オプ・ラブ、マネー・フオー・ナッシング、テイク・オン・ミイ・・・まだまだオレの記憶もバカにしたもんじやない。ニヤついた顔をしているとステージにクリス達が現われる。気怠さを漂わせながらチューニングを始める。オレは残りのバーポンを一気に飲み干すと、大音響とともにステージが開かれた。

 

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