ユーカリの木は燃えている。それにしてもよく燃える。ブッシュの尿(いばり)が泉となり湧き出て、茶色い泥水が流れている。その水を汲み、何とも油っぽい焚き火で沸かしチャーリーおやじの大好きな紅茶(Lan-choo tea)を飲む。

 ブッシュ・キャンプで飲む紅茶は何故こんなにも味が違うのか?疑問がやっと解けた。「これだ!ブッシュ・フレイバーだ!ユーカリの油なんだ!」

 幼少の頃からミルクや砂糖、炭酸で漬かった飲料が苦手だった為、お茶には興味があった。いわゆる薬草といわれるものから雑草まで、乾燥させたり、煎ったり蒸したり...。がしかしである!このダストともいえる安価なオーストラリア産紅茶の香りは、本当に刺激的で”杜仲茶”の次は”ユーカリ茶”いや”ブッシュtea”だ!と叫びたくなってしまうほど。お茶を溜めたバケツに、ディジュリドゥーでブクブク吹いたらどうか?なんて阿呆な事を考えてしまう。

 アーネムランド周辺も当然の如く野火が散乱しているが、ここのアボリジニ曰く「放っておけ」の格言に従い、あちこちが適度に灰色になったり焦げ付いたりしている。前回、正月のチャーリーとの旅では、シドニー近郊のブッシュ・ファイヤーに悩まされ、帰国さえ危ぶまれる恐怖状態だった。こことではブッシュの性格が極端に違う..とはいえ環境保護とは何物?その難しさをふと感じてしまう。

 そういえばあの時、夜中だというのにチャーリーおやじは野焼きで汗だくになっていた。自分ひとりで建てたという別荘ならぬ”チャーリー草原の小さな家”は、一年放ったらかしだったという理由もあって、草まみれ、蜂の巣まみれになっていた。その荒れ狂う草に火をつけながら、おやじはオーストラリア初心者マーク付きの日本人を相手に、ブッシュ・ファイヤーの脅威を真夜中語ってくれた。

 そのおやじが今、我等が寝床ベズウイック(Beswick)に叉、火を放つ。極プライヴェートなこの野焼きは”ヘビ除け”の為でもあるという。以前おやじがここベズウイックで野宿した際、友人の頭上に天使が舞い降りた。おやじもその友人も運良く逃れる事ができたのだが.....「ヘビこそ一瞬にして天国行きの超特急に変わるんだ」といつも以上に口調はきつい。

 ヘビに関するおやじの経験談をBGMに野焼きのベッド・メイキングは進む。アリス・スプリングスでは、おやじ自身噛まれて生死を彷徨う羽目になったという”ヘビーな話”

おやじの友人のひとりで、ある著名なミュージシャンは生け捕りの名人で、その毒集めの必要性から副業としてするように医療機関から委託されてしまったという”ヘビ話”などなど......。

 チャーリーと話す時”ブッシュ・ファイヤー”と”ヘビの話”が常に会話の妙なアクセントになって、ついにはそれを題材に曲までできてしまった。おまけに何たる事か?!今回は我等が”スネイク”ソングのプロモーション・ヴィデオ用に、とっておきの”ヘビ君”達がダーウィンで我々の帰りを待ちわびているという。

 ああ.......ドンキーの遠吠えも.....カンガルーの糞尿も...クロコダイルのダイヴィングも.

....ザ・フライを食べてしまう事も恐れるに足らず。おかげ様、後に続く2週間、頭の中をヘビがニョロニョロ行ったり来たり.....ああー!昔、中国でさんざん食べてしまった奴等の祟りなのか.....。

 シドニーにあるおやじの書斎で、ヘビに関する専門書をいくつか見せてもらった事もある。それぐらい警戒と興味をもって、ディジュリ・トゥリー探しにブッシュ・ウォークするおやじだが、その草原の小屋で”スネイク’の歌詞について語りあった時、繰り返すようにこんな事をつぶやいた。「ヘビも怖いんだよ。いつもペロペロ舌出しちゃ人間なんかの動物を用心している。その舌で地球の動きを感じてるんだ。人間みたいな耳はないけどものすごく敏感で傷つきやすいんだ.....」噛まれて生死を彷徨ったというのにこんな事をいうおやじ、チャーリー”フック”マクマーンはそして少年時代自分の片腕を奪ったロケットの破片を見せてくれた.....。

 あの時のおやじの顔を想い浮かべていたら、いきなりディジュリドゥーが唸りだした。ブッシュ・セッションはいつもこんな風に突然スタートする。

 *「...Ohー聞こえる君の声...ああ感じる君の姿...ほら見えてきた君の心...ボクには耳がないけど...いつでも舌を出して...世界を感じることができるよ...アイ・アム・スネイク...

だから恐れないで...ボクも怖がりなんだ...さあ話をしようよ...長いからだでクネクネするけど...いつでもみんなにからまって...ダンスを踊ることができるよ...アイ・アム・スネイク.../snake by Daimyo&Charlie」

 そして今、満天の星の下、ミルキーウェイを見上げながら、アーネムランドに近いベズウィックの谷間、ユーカリの焚き火を囲んで再び歌う”スネイク”ソング。ヘトヘトになって細心の注意をはらい、切り出したばかりのディジュリドゥー。そんなリアルすぎる生音にうねりながらベズウィックの夜は更けていった...。

 雨期を目前に控えたベズウィックに朝が来た。そこは砂地だったおかげでよく眠れた。というのもあのカンガルー君達のジャンプで、前回の旅は不眠症に陥ってしまったからだ。「バフッ!バフッ!」と地を蹴る音が、自分にはヘビ以上に不気味な存在だった。ここベズウィックにはいないのかな?...と思いきや.....枕元のすぐ横に、あった、あった。巨大な雲古(ウンコ)玉の山々.....。帰化、野性化した動物も混じり合う前人未到のアニマル王国。その朝は雲古の朝でもある。ドンキー、バッファロー、クロコダイル、イミュー、ワラビー、カンガルーなどなど.....あらゆる雲古がキャンプを包み、ザ・フライの大群が顔じゅう.....いや、よせばいいのにディープ・キッスの洗礼をする。

 今日はチャーリーとディジュリ・トゥリー探しかな?...ワニ太郎と泳ごうかな?...などと考えていた。するとおやじの声がする。

 「まず、お茶にしよう。ダイミョー!!」.....そしてユーカリの木は今日も燃えている........

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